サッカーの試合からヒプノセラピーへ

「大先達認定」で思うこと

梅雨の週末、皆様いかがお過ごしでしょうか?
今年もあっという間に半分が過ぎようとしています。
世間はワールドカップで盛り上がっていますね。故障者続出の侍ブルーはどこまでいけるでしょうか。セラピストになる直前まで、私は男女サッカーの国際興行試合の仕事に携わっていたので、先日のオランダ戦を見ているうちに当時の光景が蘇りました。
前職はプロサッカー親善試合の裏方
日本と海外の強豪サッカークラブの親善試合の企画、契約交渉から招聘メンバーのビザ取り、滞在中の帯同から空港での見送りまでのプロジェクトで、ハイライトは何と言っても試合当日。選手たちはピッチ入場の前に、キャプテンを先頭にキッズと手をつなぎ、縦一列に並んで待機します。その時の選手たちの気迫がすごくて、そばにいるだけでわらわらとエネルギーが伝わってくるんです。あの闘争本能全開のアドレナリン・エネルギーを武者震いと言うんですね。「絶対に勝つ!」という燃える思いを胸に秘めて、ピッチに出ていく選手たちの勇姿はサムライそのものでした。私はその後ベンチ裏で、外人チームのヘッドコーチの伝令を審判に伝え、試合終了直後のヒーローインタビューや記者会見などの通訳をこなし、へとへとになってホテルに帰ります。
不本意で予期しなかった転身
あんなに熱く激しい日々が前世のように遠く感じられるほど、今は別世界にいます。修験者のように山に登り、観音霊場を巡っては菩薩の心を探る、セラピストにとっての“ピッチ”はセッションルームです。
なぜそうなったのかって?クライアントさんにも時々お話ししますが、私のハイアーセルフがサッカーの仕事を強制終了したからです。「もう十分すぎるほど楽しんだよね。そろそろ地球に降りてきた使命を果たしなさい」と。メッセージは強引で明確でした。唐突に興行試合が成り立たない状況に陥り、担当部署が閉鎖―豪華客船に乗って快適な毎日を過ごしていたら、いきなり後ろから押されて海に突き落とされたような感覚でした。それまでは仕事の依頼ありきの受け身の仕事しか経験がなく、自分の名前を売り込んだりするような仕事はとてもできないと思い込んでいました。
未体験ゾーンの恐怖
コンフォートゾーンを強制退去させられたので、とりあえず生活のために語学学校の講師でもやろうかと考えていた矢先に大事故を起こしました。ヒプノセラピストとして開業する数か月前の夏の夕方。別荘に向かって運転していた時、居眠りで道を外れての単独正面衝突でした。車というのは体の延長で、正面衝突というのは「方向性が完全に間違っている」というメッセージです。八方ふさがりの時は上にのみ突破口が開かれるとよく言われます。あの時の私にとって、唯一開かれていたのが、ドロレス・キャノンのヒプノセラピーの、取得したばかりの資格でした。古神道の家で育ち、初期設定から5次元に親しみ、長きにわたり知的好奇心に駆られてスピリチュアルな文献を読みまくり、数多のワークショップに出かけ、世界中の古代遺跡を巡ってきたにもかかわらず、独り立ちするのが怖かったのです。
魂の軌道に乗る
車が大破してようやく目が醒めた私は、開業に向けて恐々動き出しました。我が家には初めからセッションルームに最適な部屋が空いていました。フリーライター時代にご縁のあったネットワークビジネスの友人が、ヒプノお試しセッションの希望者をたくさん送り込んでくれました。その先は、長年続けてきたたくさんの翻訳書の読者がきてくれるようになりました。こうしてご縁をいただいたクライアント様が、ビビりのセラピストを育ててくれました。セッティングしたのはすべてハイアーセルフです。面白いけれど、魂本来の仕事をしていなかった私を見かねて、真にやりがいのある、宇宙に奉仕する仕事へと導いてくれました。私は目の前に開かれた扉の先に続く道をただ無心に、誠実に進んできただけでした。
あれから12年。菩薩の行はまだまだ続き、先日も毎年恒例の西国観音霊場を巡り、ついに「大先達」となりました。写真にある2本の軸装納経帖の、白いラベルの赤いほうが“来し方”、金のラベルの緑のほうが“行く末”、新しい旅路のお供です。空海の境地、宇宙意識との合一を目指し、旅はこれからもずっと続きます。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
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セラピストとして働く傍らで、スピリチュアル系、メタフィジカル系の書籍を多数翻訳し、日本に紹介し続けています。2014年10月他界したドロレス・キャノンの生前最後のメディア向けインタビュー記事を執筆したジャーナリストでもあります。




東川恭子








