東京・吉祥寺 (Tokyo, Japan)
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魂の叙事詩は映画よりドラマチック

魂の叙事詩は映画よりドラマチック

降り立った場所は美しい砂のグラデーションが延々と続く砂漠地帯。“私”は砂漠の色と同じ明るい茶系の髪の、10歳くらいの少年で、一枚の布を巻きつけただけの簡単な白い服を着て裸足で立っていた。

遠くにはピラミッドが見え、ぽつんと一つ、旅の途中のベドウィン族の一家がテントを張っている。
少年はテントの中で肉をむさぼっている異民族の一家をやり過ごし、家に向かった。
“私”の家は半分砂に埋もれたレンガ造りで、木の扉が閉まっている。

中に入ると、そこは異次元のようにゴージャスな空間で、足元にはペルシャ絨毯が続く大広間。

壁にはタペストリーがかかり、丸いクッションが並んでいた。厨房で使用人がクスクスのようなものを作っている。奥に進んでいくといきなりローマ風呂がある。砂漠の中だと言うのに何という贅沢な家だろう。ローマ風呂のすぐ外にはオアシスが見える。“私”は部族の長の次男だった。

幽竹庵で退行催眠セッションをすることの醍醐味の一つは、ワクワクするようなタイムトリップに同行できること。

つい先日このセッションをしたクライアント、プラム様の許可を得て、今日はただ純粋に、セッションを再現してみます。

では続きをどうぞ!

そこへ部族の会議に行っていた父と兄が帰宅した。家の空気がにわかに活気づく。
“私”の家族は両親に兄、姉、妹が二人の7人家族だが、完全なる男性優位の中東社会で、女たちは奥の間にいるようだ。私は父と兄から馬の乗り方や剣術を習い、いつか彼らのように立派な大人になりたいと思っている。

砂漠から少し離れたところに海があり、そこから物資を運んでくる道を巡って部族間の勢力争いが続いている。

“私”の父をリーダーとする部族を含む4部族と、港で利権を独占しようとする好戦的な一部族の間では戦争の気配が続いていた。そしてとうとう父と兄が戦争に行き、父は戦死、兄は怪我をして命からがら帰ってきた。追われるように、豪奢な屋敷を出る準備が慌ただしく進んでいる。母は馬車の中で泣いていた。

そして遠く離れた親戚の家に身を寄せ、兄をリーダーとして一族は生き延び、束の間の平和を享受する日々が続く。戦争の気配は依然として根強く、港から物資が運ばれる道が断たれると水が途絶えるので、水を引く必要がある。リーダーとなった兄を支え、部族を護るため、“私”は水路を作る土木技術などの勉強を始める。そしてより高度な知識を獲得するべく海を越えてベネチアにも留学する。

<ここまでで想像されるのは、“私”がいるのはチュニジアのチュニス近辺か、エジプトのアレクサンドリア。“私”にとって、父を戦争で亡くしたことは大きな痛手で、戦争のない世の中にしたい、という強い思いに突き動かされてエンジニアリングの研究に心血を注ぐようになっている。>

“私”は成長し、一族を護るため、家族と離れて都会で仕事に打ち込んでいる。父をよく知る長老と話をし、強権的な一部族と交渉をしたりして、和平の実現を目指している。が、その1強と、残りの4部族との間での談判は決裂。生き延びるには戦うしか選択肢がなくなった。

兄と“私”を含む一族の男衆はみな戦いに参加した。敵の代表は殺され、味方も大きな痛手を負ったものの勝利を収めた。兄も“私”も無事帰還。ベネチアの協力を得られたのも勝因の一つだった。戦争が終わると“私”は同じ陣営の代表者の娘を嫁にする。最初は結婚に難色を示していた義父は、“私”が戦争で貢献したことを評価し、結婚を認めてくれた。

子供たちが生まれ、“私”はオアシスのほとりの、生まれ育った屋敷を買い戻し、家族とそこに住んでいる。

恒久的な平和を手に入れ、ようやく穏やかで温かい暮らしが始まった。“私”は引き続きインフラ関係の図面を扱う仕事を続け、家で仕事をするようになったため、ベネチアからの訪問者も多い。

時は流れ、子供たちはみな独立し、孫(あるいは曾孫)が一人残っている。“私”は老人となりこの孫に水路や武器の作り方を伝授し、妻を看取る。やがて“私”に訪れた死は穏やかで、達成感に満ちていた。

こんなリアリティあふれる歴史ドラマのような過去世体験もあるのです。

しかもセッションはまだ前半。プラムさんはこのあともう一つ、またまた素敵な魂の叙事詩をたどります。

プラムさんのセッション(退行部分)の前半は、幼い頃に父を部族間の争いで亡くし、地域の平和と一族の繁栄に生涯を捧げた一生のお話でした。後半は、一途な彫刻家の過去世です。

幽竹庵のセッションでは複数の過去世をたどりますが、多くは対照的な人生のサンプリングとなり、クライアント自身の人生を広く高い視点から俯瞰するよう導きます。

しかしプラムさんの場合はどちらも有史以降、中世南欧の男性というチョイスでした。人と関わり、一族や社会とともに生きることの大切さを示唆するハイアーセルフ様の意図がうかがわれます。

再び空から舞い降りてみると、そこはイタリアかスペインあたりの古い鷲巣村。

鷲巣村とは、鷲の巣のように切り立った高い場所に村を形成し、自然の要塞を備えた閉鎖的な村のこと。前回の過去世でつくづく戦争が嫌だったのか、すでに戦乱の世ではなくなっていてもなお、敵に攻め込まれない立地を選んでいる、平和を愛する魂が浮かぶ。

村の様子をよく見ると、周辺部に石造りの民家が並び、教会や市場、学校など、すべてがそろっている小さな共和国のような場所。真ん中にはブドウや小麦、綿などの畑があり、おおむね自給自足している。足りないのは塩。海は遠いので、商人が持ってくる岩塩を買っている。

さて、降り立ったのは旅の身なりをして大きな荷物を背負い、ロバにも荷物を運ばせて、石畳の急斜面を上る20代の男性だった。

目指すのは鷲巣村の小さな民家。一人息子である彼の帰還を待っていた両親は、嬉しそうに彼を迎え入れる。父は自分で作ったワインを開けようと言い、母は手料理をふるまう。

彼の仕事は老朽化した建物や教会の壊れたステンドグラスの修理など。村人に喜ばれることを楽しみながらのんびりやっている。しかし本業は芸術家。若い頃村の外で絵を学び、今は村の教会に置くための聖母子像の彫刻を大理石で彫っているところだ。制作現場は石切り場。そこで働く人々と仲良くしつつ、彼は一人で黙々と仕事をしている。

何年か経って聖母子像が完成し、次の作品を作っているが、彫刻家として生計は立たない。村の外で過ごした経験を買われ、数キロ先にある別の鷲巣村との会議に代表として出かけて行ったりする日々を送っている。もう戦争の心配がないので、鷲巣村に住む必要はないが、独身の彼は両親の住む家を出るつもりはない。

時は流れ、彼は50代になった。

教会に置かれた聖母子像が認められ、村の外から観光客が見物に来るほど有名になった。評判を聞いた都会の大聖堂の司教に招かれ、住み慣れた村を出た。司教に立派な家を与えられ、天使像はじめ、大聖堂に置く教会作品を作り続けているが、彼に宗教的動機はなく、純粋に芸術作品を作っている。彫刻家として大成し、依頼は次々やってくる。二人の弟子を息子のようにかわいがって、仕事に励む。妻はいない。鷲巣村の両親は年老いたが元気そうな様子だ。

さらに時は流れ、晩年の彼の人生を見に行く。

年を取り、手がしびれてノミが持てなくなり、彫刻の仕事ができなくなった。彼は仕事を弟子たちに譲り、鷲巣村に帰ってきた。両親はすでに他界しているが、生まれ育った家に住み、趣味のように絵を描いて過ごす。描いているのは一人の女性の絵ばかりで、それは若い頃絵を習っていた学校の同級生だった。どの絵にも個性的な顔立ちのその女性が描かれていて、それは彼女へのラブレターのような、彼の思いをぶつけるものだった。

そして体の調子がちょっと良くなれば、かつて聖母子像をつくった石切り場に行き、彼女の像を彫った。しびれる手で大理石にノミを当て、懸命に彫り続けていたが、残念ながら未完成のまま、彼の人生は終わりを迎えた。

シャイで控えめなこの男性が、最晩年になって初めてあらわにした積年の恋心が、とてもせつない。彼は絵の学校を出て以来、一度も彼女に会っていない。彼女への一途な想いを心に仕舞い、ひたすら作品に情熱を傾けてきたのかもしれない。

人生を終えた感想として、彼は毎日することがある幸せ、人に喜ばれる幸せ、人を想い続ける幸せ、そして彫刻家としての富と名声など、望まないことまで叶ってしまった、幸運な人生だったと振り返りました。(完)

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